「あかり」の観測成果

遠赤外線で宇宙の果てに迫る

現代天文学の最重要テーマとして、銀河がどのように進化して現在の姿になったのか、という問題があります。その研究には、銀河の昔の姿をとらえる、つまり、より遠方の銀河を捕らえる究極の観測が必要です。我々は、これまで特に情報が乏しかった遠赤外線の波長において、「あかり」の極限性能を駆使した過去最大規模の観測を行い、宇宙の果てに微かに光る数多くの銀河の検出に成功しました。


この観測では、観測の妨げとなる、我々の銀河系内の物質が最も少ない領域を選びました。つまり、"我々の銀河系に開いた窓"から、銀河系外の宇宙を覗き見たのです。この観測のもう一つの大きな特徴は、4つの波長(65、90、140、160マイクロメートル)での同時観測です。この波長情報は、赤外線の発生メカニズムを研究したり、各波長での明るさの違いから銀河までの距離を推定するために、大変重要な役割を果たします。

"銀河系の窓"は天空上にいくつか開いていますが、図1は、天の南極近傍にある"銀河系の窓"を通して見た、遠赤外線での宇宙の姿です。約10平方度という広大な領域が、これまでに無い精度で描かれています。これは3期約1年半に渡って、200回に及ぶ観測の結果得られた画像です。まるでざらざらとした砂浜のように見えますが、この中にはきれいな貝殻が無数に埋もれているのです。この画像は90マイクロメートルのものですが、他の波長の画像も同様に得られており、その一部を拡大して示した絵が図2です。

Fig.1

図1. 天の南極近傍にある"銀河系の窓”から見た赤外線(波長90マイクロメートル)の宇宙の果て。 およそ10平方度の領域に、多数の銀河(白い点)が散らばる。

Fig.2

図2. 図1の一部を拡大したもの。およそ1.8度×2.3度の領域を表している。銀河によって、波長ごとの明るさに違いがあることがわかる。

様々な明るさで点状に輝いているのは全て銀河で、その中でも暗いものは、宇宙の果てにある銀河だと考えられます。この波長帯で、これだけ数多くの暗い銀河をとらえたのは、「あかり」が初めてです。この結果は、 現在みられる普通の銀河も、かつて若かりし時代には、赤外線で明るく輝いていたことを示しています。多くの場合、その輝きは爆発的な星の誕生によるものと解釈されています。また、注意して見ると、波長ごとの明るさが他とは大きく異なる銀河も発見できます。そのなかには、星ではなく巨大ブラックホールが赤外線のエネルギー源となっているものもあると思われます。

「ロックマンホール」と呼ばれる、別の少し小さな"銀河系の窓"でも、「あかり」は観測を行っています。図3は、この領域で検出された銀河を、波長90マイクロメートルの明るさで分けてその個数を数えたものです。一般的に、我々に近い銀河ほど見かけは明るく、図の右側に位置し、遠方にある銀河は暗いので左側に位置します。図中の「進化なしモデル」の線は、銀河の実際の明るさや個数密度が、現在も過去も同じであったとした場合の予想値です。「あかり」のデータは、銀河が暗くなるほど、この予想値よりも数が急激に多くなることを示しています。参考のために、ヨーロッパのISO衛星による過去の観測結果も示しています。ISO衛星の結果は、観測能力ぎりぎりの観測のため、同じ観測にもかかわらず解析によって大きなばらつきがあります。これに比べて「あかり」の観測は、10年間の観測装置の進歩もあって、より暗い銀河まで検出できているとともに、精度の高い観測結果が得られています。図中の「銀河進化モデル」は、過去に激しい星生成があったとするモデルであり、Spitzer宇宙望遠鏡の観測データと良く一致するものです。我々のデータは、明らかな進化の存在を示しながらも、このモデルよりも銀河の数が少ないことを明確に示しています。Spitzer宇宙望遠鏡は60マイクロメートルと160マイクロメートルの観測で、「あかり」の90マイクロメートルとは異なる波長のデータです。両者をうまく説明できないということは、現在の銀河進化モデルになんらかの問題がある可能性を示唆しています。我々の観測結果は、新たな銀河進化モデルが必要あることを強く示唆する、重要な結果であると言えます。

Fig.3

図3. 「ロックマンホール」で見付かった銀河の明るさの分布。縦軸は、ある明るさよりも明るい銀河の個数を表している。図中の破線は、銀河進化がなかった場合に予想される銀河の個数、一点鎖線はこれまで考えられてきた銀河進化モデルの場合に予想される銀河の個数を表す。我々の観測データは、銀河進化はあるが、今考えている銀河進化モデルとは少し様子が違うことを示唆しています。

以上のような、宇宙の果ての銀河で起こった激しい星の誕生は、宇宙全体に及んだのか?それらの銀河は現在どのような姿をしているのか?このような疑問は、宇宙の進化と構造に関わる重大な問題であり、過去に例のない高い感度と領域の広さ、さらには波長の豊富さを兼ね備えた今回の観測データを用いて初めて明らかにできます。また図2では、銀河がないところからも、検出できないほど暗い多数の銀河からのぼんやりとした赤外線が届いています。これは赤外線宇宙背景放射と呼ばれ、宇宙の始まりに近い時代の放射も含まれています。この赤外線宇宙背景放射の明るさの空間的なむらや波長ごとの強度を詳しく調べることで、銀河の起源や宇宙の構造にまで立ち入った研究ができると期待されています。

この研究は、松浦周二、白旗麻衣(宇宙航空研究開発機構)らによる研究です。

Materials

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