「あかり」の観測成果

「あかり」宇宙からの謎の遠赤外線放射を検出!

赤外線天文衛星「あかり」が、銀河系の外側の宇宙の明るさ(宇宙背景放射)を観測した結果、謎の遠赤外線放射を検出しました。 銀河系外の宇宙は、宇宙の果てまでの膨大な数の銀河の光が合わさって、ぼんやりと光っているはずです。遠赤外線では、これが宇宙背景放射のすべてと考えられていました。ところが、「あかり」が観測した宇宙背景放射は、銀河の光を合わせた明るさの最新の予想値よりも、2倍も明るいものでした。観測データを詳細に分析したところ、宇宙初期に作られたブラックホールからの放射など、未知の放射で照らされている可能性が出てきました。この観測結果は、宇宙初期の天体形成や銀河進化の研究に重要な手がかりとなるかもしれません。 この研究は、松浦周二・宇宙科学研究所・助教を中心とする国際研究チームにより行なわれました。観測成果は、米国のアストロフィジカル・ジャーナル誌の2011年8月10日号に掲載されます。


宇宙には、エネルギーのほとんど全てを赤外線として放射する特殊な銀河、いわゆる「赤外線銀河」、が存在します。その正体は、猛烈な勢いで星を生成している銀河です。銀河の内部にある星間ダスト(固体微粒子)が、星の紫外線で暖められ赤外線で明るく輝くのです。現代の銀河進化シナリオによれば、宇宙初期には、ほとんどの銀河で赤外線銀河のような爆発的星生成が起こっていたと考えられています。「あかり」は、それを確かめるために、原始の赤外線銀河の群れを宇宙背景放射として捉えることを試みたのです。しかし、その結果は意外なものでした。確かに宇宙背景放射のかなりの部分は赤外線銀河からなるのですが、それだけでは説明のつかない謎の放射成分が含まれていることがわかったのです。

今回の観測は、赤外線銀河が明るい遠赤外線波長において、「南天あかりディープフィールド(ADF-S)」と名付けた、約12平方度という広大な領域で行ないました。この領域は、観測の妨げとなる銀河系内のダストの放射が最も弱いことを基準に選びました。図1には、波長90マイクロメートルでの観測画像を示します。この観測により、これまでになく大量の赤外線銀河が見つかりました(『「あかり」、遠赤外線で宇宙の果てに迫る』)。しかし、ここで検出された銀河の背景には、分解しきれない膨大な数の遠方銀河や宇宙初期の天体が宇宙背景放射としてひしめいているはずです。

宇宙背景放射の測定は、観測された空の明るさから太陽系や銀河系内のダストの放射を差し引き、残る銀河系外の信号を調べることにより行ないます。また、宇宙初期の放射だけを測定するには、個々に検出できる比較的近い銀河は、できるだけ取り除いておく必要があります。「あかり」は、過去に宇宙背景放射の観測を行なったCOBE衛星[1] の100倍近く高い解像度をもち、桁違いに暗い銀河までも取り除くことができました。図2には、以上のようにして得られた宇宙背景放射の明るさを、3つの観測波長について示しています。驚くべきことに、観測値は、最新の銀河進化モデルから推定された宇宙の全銀河による宇宙背景放射よりも、約2倍も明るいのです。観測されたスペクトルや空間的な一様性などを分析すると、確かに宇宙背景放射のかなりの部分は赤外線銀河からなるようですが、それだけでは説明のつかない放射成分が存在するのです。たかが2倍とはいえ、宇宙の全エネルギーに関わることなので、この差は深刻です。

謎の遠赤外線放射を出す天体はどのようなものでしょうか。ある程度は予測されていた原始の赤外線銀河でないとすれば、さらに昔の天体かも知れません。図2からわかるように、謎の遠赤外線放射は、原始の赤外線銀河を主とする全銀河の放射(図中の銀河進化モデル)よりも短い波長にピークをもっています。このような「高温」スペクトルをもつものとして、宇宙初期のブラックホールからの放射の可能性があります。これと関連して面白いことに、最近の研究では、宇宙で最初に生まれた星ぼしは、短い寿命ののちに超新星爆発をおこしてブラックホールを遺すと考えられています。ただし、以上の解釈に直接証拠があるわけではなく、今後も解明への努力が必要です。科学的解釈はまだはっきりしませんが、今回の観測結果は、現在の銀河進化の描像に転換を迫るものであり、また、宇宙初期の天体形成の研究に重要な手がかりを与える可能性があります。将来の大型赤外線天文衛星SPICA[2] や宇宙背景放射観測ミッションEXZIT[3] などにより、「あかり」が遺した課題の解明が期待されます。

Fig.1

図 1: 「あかり」によるADF-S領域の遠赤外線画像(波長90マイクロメートル)。白っぽい多数の輝点は個々の銀河であり、それらの背後には、より遠方の天体からなる宇宙背景放射が存在している。

Fig.2

図 2: 「あかり」による遠赤外線の宇宙背景放射の観測結果(●)。現在の銀河進化モデルで予想される全ての銀河の光を合わせた明るさ(点線)では観測値が説明できず、それに加えて、謎の遠赤外線放射(斜線部分)が存在していることがわかる。


  1. 1989年に打上げられた米国の宇宙背景放射観測専用衛星。マイクロ波と赤外線の宇宙背景放射を高精度で測定し、その科学成果に対してノーベル賞が授与された。
  2. 「銀河誕生のドラマ」「惑星系のレシピ」など現代天文学の重要課題の解明を目指す次世代赤外線天文衛星計画。日本が主導する国際大型ミッションとして、2018年度の打ち上げを目指す。詳しくは以下をご覧ください。 http://www.ir.isas.jaxa.jp/SPICA/SPICA_HP/index.html
  3. 太陽系内ダスト放射が極めて弱い深宇宙の惑星間空間から、赤外線宇宙背景放射を高精度で測定する計画。2020年ごろの実現を目標に、JAXAの次世代惑星探査機計画ソーラー電力セイルへの搭載を検討している。 http://www.ir.isas.jaxa.jp/~matsuura/darkage/index_da.html

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