Astronomy & Astrophysics 特集号:
「あかり」の成果

ヨーロッパの最も代表的な天文学・天体物理学分野の論文誌「Astronomy and Astrophysics」(天文学および天体物理学、略称 A&A)は、2010年5月に発行される号で、「あかり」の科学的成果を特集しました。以下は、A&A編集部によるプレスリリースの日本語訳です。

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プレスリリース 2010年5月3日

A&A 『Astronomy & Astrophysics』、514巻、2010年5月

今週発行される『Astronomy & Astrophysics』はJAXAの赤外線天文衛星「あかり」による最新の観測結果を特集します。発表されたばかりの「あかり」の全天観測に関する論文や、太陽系の天体から遠方の銀河まで特定のターゲットに限定した観測に関する論文など、さまざまなトピックスにまたがる17件の論文を掲載します。

今週発行される『Astronomy & Astrophysics』は日本初の赤外線天文衛星「あかり」の最新の観測結果について特集します。「あかり」は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のプロジェクトで、ESA(欧州宇宙機関)が参加しています。衛星の打ち上げは2006年2月で、直径68.5cmの冷却された望遠鏡と2つの機器−近・中間赤外線カメラ(1.8-26μm)と遠赤外線サーベイヤー(50-180μm)−を搭載しています。2006年5月から2007年8月の間、「あかり」は6つの赤外線波長域において全天観測を行いました。先日「あかり」の全天観測結果に基づく2つの天体カタログが天文学研究者向けに公開されました。その天体カタログには100万を超す天体が記載されており、25年以上IRASの観測結果に頼っていた天文学研究者にとって非常に重要な資料となることでしょう。

石原大助(名古屋大学)ら(Ishihara et al.)は「あかり」の全天観測において中間赤外線で観測された天体カタログ作成の成果について報告しています。板由房(国立天文台)ら(Ita et al.)は「あかり」による天体カタログと2μm全天サーベイ(NASA)やヒッパルコス(ESA)などの星のカタログを組み合わせ、これまで未確認だった天体の分類に成功しました。ポッロ、竹内努(名古屋大学)ら(Pollo et al.)は「あかり」の遠赤外線天体カタログに基づいて恒星と銀河を区別する方法を開発しました。

全天観測に加え、「あかり」は地球の公転面に垂直な2つの方向(黄極)について深探査(感度の高い観測)を行いました。そのひとつAKARI Deep Field-South (ADF-S)は銀河系内にある塵を含む雲の密度が最も低い天域に位置しています。つまりこの天域は特に銀河系外の天体を遠赤外線で観測するのに適していることを意味しています。ADF-Sでは2000個以上の明るい赤外線天体が観測されました。これらの天体が銀河系内の星なのか、近傍または遠方の銀河なのか、あるいはまた別の天体なのかに関してはMalek、竹内努(名古屋大学)ら(Malek et al.)が取り上げており、遠赤外線で明るく検出されるこれらの天体のほとんどが実際には近傍の銀河であることがわかりました。これらの銀河は近年他の銀河と近づき相互作用を起こした形跡が見られるものが多く、それが他の銀河とは異なる大きな特徴となっています。この相互作用が恐らく銀河の星の形成を引き起こすメカニズムであろうと思われます。新しく誕生した星は塵を含む雲に隠されており、周囲の塵を明るく照らします。そして塵は非常に明るくなりますが、その放射は遠赤外線でしかとらえることができません。

後藤友嗣(ハワイ大学/日本学術振興会特別研究員SPD)ら(Goto et al.)は「あかり」の北黄極での探査結果を使用し、約100億年前の初期宇宙における星の形成を考察しています。中間赤外線領域を連続的にカバーする「あかり」の特長を生かし、宇宙の歴史において多くの星がいつ、どのように誕生してきたかを明らかにしています。高木俊暢(JAXA)ら(Takagi et al.)も「あかり」の北黄極での探査結果に基づき、約80億年前に誕生した独特な赤外線銀河の種族を発見しました。銀河の中でこの種族は中間赤外線の遠赤外線よりに明るさのピークを持つものですが、これは多環式芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbons:PAHs)という有機物質を含んでいるためです。PAHsは生命の起原物質と考えられており、星間物質を研究している天文学研究者の間ではたいへん注目されています。

他のミッションと同様、「あかり」においても一般の天文学研究者から研究テーマを募り、観測時間の割り当てを行いました。そのひとつの尾中敬(東京大学)らの研究(Onaka et al.)では矮小銀河NGC1569から流れ出た衝撃波の影響を受けたガス中に、有機物質(多環式芳香族炭化水素)の存在を示す証拠を発見しました。

植田稔也(デンバー大学)ら(Ueta et al.)はミラ型星であるカシオペヤ座R星において、恒星から吹く強い風が周囲の星間物質と相互作用する状況を観測しました。それにより、相互作用を起こしている領域において、塵が暖められ、赤外線で明るく輝いていることを見出しました。

「あかり」は、上記のような遠方の天体のみならず、太陽系内の天体の研究にも使われています。フレッチャー(カリフォルニア工科大学)ら(Fletcher et al.)は、「あかり」が2007年5月に行った海王星の観測により、その成層圏の構造に関して新たな発見をしました。今回得られた温度の高度分布や成層圏の組成は、ISOによる10年前の観測結果と比較してほとんど変動がないのに対し、雲の反射率は大きく変化していることがわかりました。さらに、一酸化炭素の蛍光発光が初めて海王星で観測されました。この発見は、海王星においては、一酸化炭素は外部(微小隕石や塵)と内部(深内部からの一酸化炭素の湧昇)の両方から供給されているということを示しています。

A&Aの「あかり」特集は観測の科学的業績のほんの一部を紹介しているに過ぎません。「あかり」の天体カタログは、幅広い天文学的テーマの研究−近傍の星の性質から惑星系の形成、太古の星形成まで−に重要な新しいデータを提供するものです。特にESAの衛星ハーシェルにとっては絶好のガイドカタログになり、大変に重要な意味をもつものです。「あかり」は25年前の赤外線衛星IRASに続いて、宇宙の全体像を赤外線で詳細に明らかにしました。それのみならず、ISO、スピッツァー、ハーシェルといった他の赤外線衛星と、お互いに補い合ってさらにその価値を高め合う関係にあります。

Fig.1
図. 上段 : 9μm域における「あかり」の全天観測画像。下段 : 「あかり」の中間赤外線全天観測で検出された点源の分布。(石原らの論文より引用 Ishihara et al.)

<連絡先>

JAXA宇宙科学研究所 広報・普及係
050-3362-5759

研究内容:
Dr. Alberto Salama
ISO & AKARI Project Scientist
European Space Astronomy Centre
Villanueva de la Canada Apartado 78
28691 Madrid, Spain.
Email: Alberto.Salama (at) esa.int
電話: +34 91 8131 374

広報:
Dr. Jennifer Martin
Astronomy & Astrophysics
61 avenue de l'Observatoire
75014 Paris, France
Email: aanda.paris (at) obspm.fr
電話: +33 1 43 29 05 41

「あかり」について
「あかり」は2006年2月22日に打ち上げられた日本で初めての本格的な赤外線天文衛星で、口径 68.5 cm の赤外線専用の望遠鏡と、近・中間赤外線カメラ(IRC)、遠赤外線サーベイヤー(FIS)の2種類の観測装置が搭載されています。「あかり」は2006年5月から2007年8月までの約16か月間にわたって液体ヘリウム冷却による観測を実現しました。主目的であるFISによる遠赤外線、IRCによる中間赤外線での全天サーベイ観測では、過去の同種の観測よりも高解像度・高感度のデータを取得して、130万天体にも及ぶ赤外線天体のカタログを作成しました。これに加え、数千の特定天体・天域の詳細な分光観測や撮像観測も達成しました。望遠鏡を冷却する液体ヘリウムを予定どおり使い切った後も、衛星設計の目標寿命を超えての観測を続けています。

「あかり」は宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプロジェクトで、名古屋大学、東京大学、自然科学研究機構・国立天文台、欧州宇宙機関(ESA)、英国 Imperial College London、University of Sussex、The Open University、オランダ University of Groningen/SRON、韓国 Seoul National University 等の協力で進められています。遠赤外線検出器開発では情報通信研究機構の協力を得ています。