宇宙赤外線背景放射観測プロジェクト
宇宙科学研究所CIB研究グループでは、ロケットや人工衛星を用いた宇宙赤外線背景放射の観測による宇宙初期の研究を行なっています。ここでは、その研究内容について紹介します。
宇宙科学研究所CIB研究グループでは、ロケットや人工衛星を用いた宇宙赤外線背景放射の観測による宇宙初期の研究を行なっています。ここでは、その研究内容について紹介します。
ビッグバン直後の宇宙は高温のため物質が電離していましたが、その後の膨張で温度が下がり、宇宙年齢38万年ごろには物質は中性化して宇宙の晴れ上がりの時代を迎えました。宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、その頃の物質の熱放射のなごりです。CMBは驚くべき精度で等方ながらも、平均値の10万分の1程度のわずかな非等方性(ゆらぎ)を持っています。そのゆらぎは、インフレーション宇宙の証拠であると同時に、現在の銀河や銀河団などの天体へと成長する種が初期宇宙には存在したことの証拠とも考えられます。
しかし、平均値の10万分の1しかない初期宇宙の密度ゆらぎに対して、例えば銀河団の密度は平均値の数100倍の密度を持ちます。宇宙初期のゆらぎが成長して天体を形成した証拠はあるのでしょうか。実は、これまで天体が成長してゆくさま(図1)が観測的に明示されたわけではありません。多くの観測では、すでに出来上がった天体を調べるにとどまってきたのです。問題は、時代を遡るに従ってより遠くの暗い天体を観測する必要があることと、天体が立派に成長するまでは輝くことがないため、観測が困難になることです。このような状況から、宇宙の晴れ上がり以降の未開拓な時代はダークエイジ(暗黒時代)と呼ばれています。

理論的研究によれば、宇宙最初の天体はダークエイジ終盤の宇宙年齢数億年の時代(赤方偏移z~10に相当)に形成された巨大な星々であったとの考えが有力です。それらが出す強い紫外線は、中性化した宇宙を再び電離してしまいます。近年のWMAP衛星によるCMB偏光ゆらぎの観測結果は、z~10-30における宇宙再電離期の存在を裏付けています。初代の星の放射はもともと紫外線ですが、宇宙膨張で波長がのびて現在は赤外線として観測されます。星々を個別に観測できれば良いのですが、あまりに遠方にあるため検出するには暗すぎます。しかし、多数の星々をまとめて宇宙赤外線背景放射(Cosmic Infrared Background: CIB)として観測すれば検出可能になるのです。

私たちの研究成果1, 2によると、波長数マイクロメートル(μm)の近赤外域のCIBは、系外銀河からの光をすべて足し合わせても説明できないほど、明るいことがわかりました。さらに、波長1μm付近にピークを示すこともわかりました。この特異なスペクトルは、宇宙最初の天体と考えられている第一世代の星が放射した水素ライマンα輝線による可能性があるのです(図2の太実線)。もし、これが本当ならば、我々はついにダークエイジの手がかりをつかんだことになるのです。近年、TeVガンマ線の観測によって、それほどCIBのエネルギーは大きくないという主張もされています。我々と彼らの両者とも正しければ、それを説明するために物理法則をみなおさなければならず、ますます決定的な観測を行なうことが期待されています。

CIBが第一世代の星からなるとすると、その空間的な強度むら(ゆらぎ)は、銀河などのよく知られた天体の空間分布とはかなり違うと予想されています。つまり、ゆらぎを詳しく分析すると、第一世代の星によるものかどうかを判定できるのです。我々は、「あかり」衛星を用いて、CIBゆらぎの観測を波長2-5μmの範囲で行ないました。その結果、数分角以上の大きなスケール(例:月の大きさは約30分角)では、大きなゆらぎ成分がみつかりました(図3)。これが、第一世代の星の分布を示しているとすれば、たいへん重要なことです。このような研究をさらに詳細におこなってゆけば、ダークエイジ期のダークマターの分布をあきらかにできると期待できます。
以上のように、ダークエイジにおける天体形成の痕跡をCIBの中から見つけ出すことが私たちの目標なのです。
上のような目標の実現のために、赤外線天文衛星「あかり」のデータ解析や、CIB観測のために特別に開発した装置を搭載したロケット実験CIBERおよびCIBER-2を実施します。また、外惑星系にまで達する探査機を用いて、黄道光の影響を完全に排除するEXZIT計画を推進し、将来の「究極のCIB観測」を目指します。さらに初期の宇宙からの放射検出を目指して、遠赤外波長でのCIB観測計画やCMBゆらぎとの相関研究など、総合的な研究をおこなってゆきます。
CIBER(Cosmic Infrared Background ExpeRiment)は、CIB観測を目的とする日米韓の国際共同ロケット実験です3(図4)。我々が提案したNASAの観測ロケットプログラムとして実施されます。2009年2月25日にロケット打上げが成功し4(図5)、搭載した分光器(図6)の観測データから、CIBの観測を妨げる前景放射の主成分である黄道光(図2を参照)の放射スペクトルに関する新たな知見を得ました5。CIBERでは、第一世代の星の分布むらによりおこるCIBのゆらぎを、赤方偏移z~10のライマンαにあたる波長1μm周辺の長短2波長での撮像観測も行ないました。現在その観測データの解析を進めているところです。



CIBERの観測機器は、打上げ後パラシュートでの降下により回収することができます(図7)。今後も、回収した装置に改良を加えながら、より精度のよいCIB測定を目指して継続的に実験を行なってゆきます。2010年7月には、第2回目の打上げ・観測を行なった結果、良好な観測データを得ることができました。その結果、初めてCIBの連続スペクトルの測定に成功しました。今後の成果発表に注目してください。

CIBER-2は、2013年ごろの打上げを目指して、より高精度のCIB観測を行なうため大口径の望遠鏡を用いるなど、装置を一新してのぞむ次期ロケット実験計画です。CIBのゆらぎ観測により第一世代星の寄与を検証するため、CIBERでは、z~10のライマンαに相当する波長1μm周辺の長短2波長での撮像観測を行ないましたが、CIBER-2では、望遠鏡の口径を増やして解像度を向上させるとともに、CIBERよりも多数の測光バンドを設けてCIBゆらぎの波長依存性を詳しく調べ(用語解説5を参照)、第一世代の星の空間分布だけでなく宇宙再電離の詳細までも探究しようと考えています(図8)。また、高分解能分光や偏光など新たな観測装置の開発も平行してすすめ、CIBERをはじめとするロケット実験によるCIB観測を継続的に展開してゆきます。

これまでのほとんどのCIB観測は、黄道光の原因となる惑星間空間塵(ダスト)の雲のまっただなかにある地球軌道から行なわれてきました。ダストの雲は太陽に近いほど濃くなることがわかっており、地球軌道は相当濃い雲に覆われているのです。これでは当然ながら、CIB観測のためには観測値の大部分をしめる黄道光を差引いてやらねばなりません(図9)。
ここで問題となるのは、我々から最も近い距離にあるはずの黄道光の明るさが充分にはわかっていないことです。生活のなかでも、あまりに身近で重要なものにはかえって気づかないことに似ています。そのような悩みを一気に解決するには、地球から(太陽から)遠くはなれた深宇宙へ探査機を放ち、ダストの雲から決別した場所から観測すれば良いのです。例えば、太陽から約5AUにある木星軌道や黄道面外へ2AUほど離れた軌道では、1AUの地球軌道と比べて、黄道光の明るさが100分の1ほどにまで減ることが予想されています(図9、図10)。


そこで我々は、EXZIT(Exo-Zodiacal Infrared Telescope)と名付けた黄道面外または木星軌道(5AU)以遠に到達する惑星探査機を用いて、惑星間空間塵のダスト雲から脱出することにより、黄道光に影響されることのない「究極のCIB観測」を目指します6。現在は、JAXAが開発するソーラー電力セイルを用いて2010年代後半から2020年ごろにかけての実現を目指しています(図11)。

EXZITが実現すれば、きわめて高い精度で可視・近赤外のCIB測定が可能となるばかりでなく、これまでは黄道光があまりにも強烈なため実現できなかった中赤外波長域(波長数〜数10μm)で、世界で初めてCIBを観測することができるでしょう。そこでは、第一世代の星の残骸ブラックホールや活動的銀河核(巨大ブラックホール)などの宇宙初期天体や宇宙創成期から存在する素粒子の崩壊光子など、かなりエキゾチックな起源をもつ放射を検出できるかもしれません。誰も見たことのない領域での観測だけに、考えもしなかった大きな発見が待っているにちがいありません。
CIBERなどで検出を目指すCIBは、第一世代の星が形成された後のダークエイジ後期の残光と考えられますが、星がまさに生まれつつあるダークエイジ初期をとらえるには、より波長の長い遠赤外域でのCIB観測が有効と考えられます(図2の長波長域)。そこでは、第一世代の星が原始宇宙ガスから形成される時に発する水素分子輝線や、宇宙で初めて形成された重元素(ダスト)による熱放射など、ダークエイジの違った側面を見いだすことができるかもしれません7。
その第一歩として、「あかり」は遠赤外でのCIB観測を行ないました。遠赤外域では、近中赤外域で邪魔ものだった黄道光にかわり、銀河系内のダスト放射が前に立ちはだかります。我々は、南黄極付近の銀河系内ダストが特に少ない領域を「あかり南天ディープフィールド: ADF-S」と名付け、集中的な観測をおこないました。その結果、大量の赤外線で光る遠方銀河を見つけるとともに、それらの銀河を画像から取り除いてもなお背景に残るCIBの検出に成功しました。また、CIBのゆらぎが明るさのわりには小さいこともわかりました。現在は、上で述べた宇宙初期天体と観測値との関係を、X線から電波までいたる様々な波長での観測データ(例えば、ミリ波での共同観測)との空間相関を調べるなどして探っているところです7。
このような研究は、将来ミッションの重要課題です。その実現のために、上述のEXZITだけでなく、遠赤外域ではかつてない超高感度をもつSPICA衛星による観測や、CIB観測専用に開発した装置を用いたロケット実験(FIDAX: Far-IR Dark Age eXplorer - 仮称)などをすすめてゆきます。また、意外にも宇宙背景放射観測に関しては未開拓な可視波長域での探査も、EXZITだけでなく衛星やロケット実験などにより行なってゆきます。
本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)平成21年度〜平成25年度「背景放射で拓く宇宙創成の物理(インフレーションからダークエイジまで)」により、計画研究A03としてサポートされています。高エネルギー物理学、デバイス工学、天文学・天体物理学、素粒子・宇宙論などの幅広い分野の研究者が連携して、大きな枠組みの研究を展開してゆきます。
1. 宇宙の晴れ上がり:
誕生直後の宇宙では、光が高密度電離状態にある物質と強く結合するため通り抜けられず、宇宙全体が不透明であった。しかし、宇宙膨張により物質が冷却される結果、38万年後には原子核と電子が完全に結合する(中性化)。こうして、光が物質に捉えられず宇宙空間をまっすぐに進むことができるようになった状態をいう。
2. ダークエイジ:
宇宙年齢が約38万年の時点から、小さな密度ゆらぎが成長して形成された初代天体が宇宙を再電離するようなった宇宙年齢が数億年の時点までの時代をいう。中世の暗黒時代になぞらえて未開拓の意味が込められている。第一世代の星(最近は英語名をカタカナ標記した”ファーストスター”という呼び方もされる)は、ダークエイジの初代天体としてもっともらしいと考えられている。
3. 水素原子のライマンα輝線:
水素原子のエネルギー準位n=2→1間の電子遷移による輝線(波長121.6nm)。太陽の100倍以上の大質量を持つと考えられる第一世代の星では、ライマン端より短波長の紫外線連続放射が星周辺の中性水素ガスを電離するとともに、そのエネルギーのほとんどをライマンα輝線として放射する(図12)。個々の星周辺の電離領域が重なりあうほど星の密度が高ければ、この過程により宇宙全体が電離されることになる。このような宇宙全体に満ちた紫外線放射は、大きく赤方偏移して近赤外波長域の宇宙背景放射を形成している可能性がある。

4. TeVガンマ線の観測:
宇宙で最高エネルギーの光子であるTeVガンマ線が、系外の活動的銀河(ブレーザーと呼ばれる)から放射され、地球に飛来していることがわかっている。このガンマ線は、放射源である銀河と我々との間に存在するCIBの光子と衝突して電子・陽電子の対生成を起こすため、結果的に途中である程度吸収されることになる。このガンマ線の吸収量を測定することによって、CIB光子の密度を推定することができる。これにはガンマ線が放射された時点での強さをあらかじめ知っておく必要があるため、ある程度の不定性を伴うことがわかっているが、多くのブレーザーについての吸収量を比較することにより、この不定性を小さくする努力が行なわれている。
5. CIBの空間的ゆらぎ:
CIBはどの空に対して観測しても、ほぼ同じ強さと放射スペクトルをもっていることがわかっているが、詳しく調べると空間的な強度むら(ゆらぎ)があることがわかる。ゆらぎの大きさは、見込む角度によって様々な値をとり(空間スペクトル)、その特徴によってゆらぎの元となる放射源を判定することができる。
図13は、第一世代の星によるCIBのゆらぎを、個別には分解しきれない暗い銀河の重ねあわせからなる背景放射のゆらぎと空間スペクトルとして比較したものである。銀河からなる背景放射のゆらぎは、できる限り個々の銀河として分解・除去することにより寄与を小さくすることができるが、取り除ききれない場合も第一世代の星によるものとはあきらかに違いがある。図14には、l=1000の場合のCIBゆらぎの放射スペクトルの理論的予測値を示す。CIBERでは、第一世代の星に特有な放射スペクトルをより明確に判定できる観測波長を選んでいる。
以上のように、CMBのゆらぎの詳細な観測により標準的宇宙論モデルがほぼ確立されたのと同様に、CIBのゆらぎもダークエイジを明らかにするために重要な観測量である。


6. 黄道光:
主として数から数十マイクロメートルの大きさの惑星間空間塵が大量に集まったダスト雲が、太陽光を散乱して生じる拡散放射。放射スペクトルは太陽光と似ており、可視・近赤外波長域での最も強い前景放射である。また、これらの塵による熱放射は中赤外域で非常に強く、そこでのCIB観測を困難にしている。
7. ソーラー電力セイル:
JAXAが次世代の深宇宙探査のために開発をすすめている探査機(図15)。太陽電池付きの超薄膜の帆を拡げ、太陽光圧(ソーラーセイル)とイオンエンジン(電気推進)を併用するハイブリッド推進を行なう。2010年に小型実証機としてIKAROSが打上げられ、20m膜の展開に成功している。将来は、2010年代後半に50m級の膜を用いて木星とトロヤ群の探査を目指している。これに赤外観測装置を搭載し、主に木星到達までのクルージング中にCIB観測を行なう。日心距離による黄道光の低減を確認しながら、最遠地点(~5AU)での最適環境のもとで観測を行なう。

8. SPICA:
JAXAが中心となって国際協力のもと開発をすすめている、次世代の大型赤外線天文衛星(図16)。絶対温度4.5Kという極低温にまで冷却した口径3m超級の大望遠鏡を太陽-地球ラグランジュ点の軌道に投入する。中遠赤外波長域において、かつてない高感度の赤外線天体観測を可能にする。2018年の打上げを目標に基礎研究が進められている。

| 氏名 | 役職・学年 | 現在の主な役割 |
|---|---|---|
| 松浦 周二 | 助教 | 研究統括 |
| 津村 耕司 | PD | プロジェクト全般, あかり分光データ解析 |
| 新井 俊明 | 東大物理D1 | CIBER実験・データ解析, 装置開発実験 |
| 村田 一心 | 総研大宇宙科学M2 | あかり撮像データ解析, CIBER-2開発, 装置開発実験 |
| 海外の主要メンバー | ||
| 松本 敏雄 | Seoul National University, South Korea | あかり, CIBER, MIRIS衛星, SPICA/FPC |
| James Bock | JPL/Caltech, USA | CIBER実験代表者 |
| ほか | ||
| 宇宙研赤外グループの共同研究者 | ||
| 和田 武彦 | 助教 | あかりIRC, 検出器開発 |
| 川田 光伸 | 准教授 | 分光光学系, FIDAX, 遠赤外CIB |
| 松原 英雄 | 教授 | あかり, SPICA |
| ほか | ||
| 国内の他の共同研究者 | ||
| darkageメーリングリストメンバー | ||
| ワーキンググループ | ||
| ソーラーセイルWG | ||
| Solar-C WG plan-A検討チーム | ||
| NASA/JPL 5AU mission WG | ||
| サポート組織 | ||
| 科研費 H22-25新学術領域研究「宇宙創成の物理」 代表:羽澄昌史(KEK) |
||
| JAXA宇宙科学研究所 赤外・サブミリ波天文学研究系 | ||