宇宙赤外線背景放射で探る宇宙
宇宙がどのように進化してきたかを探るためには、遠くの暗い天体を観測的に探る必要があります。
そのような暗い天体を個別に検出するためには、大きな望遠鏡が必要です。
ハッブル宇宙望遠鏡、すばる望遠鏡などを用いて遠くの暗い天体の研究が精力的に進められており、
宇宙の進化のかなりの部分が見えてきました。
しかし、まだ宇宙で最初にできた星(初代星)は暗すぎて、その検出には成功していません。
2020年代の稼働を目指して建設計画が進められている口径30mの超大型望遠鏡TMTをもってしても、
初代星の直接検出はその暗さのゆえ難しいでしょう。
そこで、初代星のような暗い天体を個別に検出するのではなく、
それらの暗い天体をまとめて「宇宙赤外線背景放射」として探る事を目的とした観測計画がCIBERです。
図1: 宇宙の構造進化の概念図
いままでの宇宙赤外線背景放射観測
CIBERの説明をする前に、まずは過去の宇宙赤外線背景放射の観測について説明します。
宇宙赤外線背景放射の観測のためには、まぶしい地球大気光(主に高度90kmあたりで光っている)の影響から逃れるため、
宇宙(=大気圏外)からの観測が必須となります。
最初の先駆的な観測は1990年代に2つの人工衛星によってなされました。
まずは、NASAの天文衛星COBEに搭載されたDIRBEという観測装置による観測です。
COBE衛星は宇宙マイクロ波背景放射の観測でノーベル賞を受賞した事で有名ですが、
赤外線背景放射の先駆的な観測も実施しました。
もう一つは、日本の人工衛星SFUに搭載された日本初の宇宙赤外線望遠鏡IRTSによる観測です。
これらの観測により、既知の星や銀河の足し合わせでは説明できない強度の宇宙赤外線背景放射が観測されました。
この観測結果は、赤外線天文衛星「あかり」によっても最近確認されています。
しかし、前景にあるまぶしい太陽光からの光(黄道光)が観測の邪魔となるという問題点がありました。
2000年代に入って、宇宙赤外線背景放射の「空間的ゆらぎ=まだら模様」の観測が本格的に始まりました。
観測において最大の邪魔となる黄道光は「まだら模様」を持たない事が知られているので、
空の赤外線の明るさの「まだら模様」を観測する事で、
最大の邪魔ものである黄道光と宇宙赤外線背景放射を切り分けられます。
このような宇宙赤外線背景放射の「まだら模様」の観測を実現したのが
NASAの宇宙赤外線望遠鏡Spitzerと
赤外線天文衛星「あかり」による観測です。
これらの人工衛星によって観測された宇宙赤外線背景放射の大きな「まだら模様」は
やはり既知の星や銀河の足し合わせでは説明できない強度を持っていました。
図2: いままでの宇宙赤外線背景放射観測
宇宙に存在する未知の赤外線光源
今までの宇宙赤外線背景放射の観測は、既知の星や銀河の足し合わせでは説明できないものでした。
これは、この宇宙には、まだ我々が知らない未知の赤外線光源が存在するという事を意味します。
この「未知の赤外線光源」の候補として、現在は2つのモデルが考えられています。
図3: 未知の赤外線光源の候補として考えられている2つのモデル
- 初代星モデル
宇宙誕生後、最初に誕生した星(初代星)が大量に存在するというモデルです。
誕生直後の宇宙には水素とヘリウムしか含まれていないため、初代星は水素とヘリウムのみから作られます。
そのような星は大質量になると考えられており、大量の紫外線を放出すると考えられています。
その紫外線が宇宙膨張によって赤外線となって我々のもとに届きます。
もし初期宇宙に我々が考えていたよりも大量の初代星が誕生したとするならば、
観測された強いレベルの宇宙赤外線背景放射を説明できるとするモデルです。
当初はこのモデルが有力視されており、CIBERの最初の科学目的も実はこの初代星の痕跡を捉える事にありました。
しかし、最近の遠方宇宙の理論的・観測的研究の進展により、
初代星モデルでは、観測された宇宙赤外線背景放射を説明するのが難しくなってきています。
- ハロー浮遊星モデル
そこで新たに出てきたのが「ハロー浮遊星モデル」です。
小さな銀河が合体成長する事で、大きな銀河に成長していきます。
その衝突の際に、銀河周囲の「ハロー」と呼ばれる領域に星がはじき出されます。
もし我々が考えていたよりも多く(約10倍)の星が銀河周囲のハロー領域に浮遊しているとすると、
観測された強いレベルの宇宙赤外線背景放射を説明できるとするモデルです。
もしこのモデルが正しいとすると、銀河のハロー部の主成分であるダークマター(暗黒物質)の分布を
宇宙赤外線背景放射の観測から、ハロー部に浮遊する星をトレーサーとして探る事が可能となります。
我々のCIBERによる最近の結果は、「初代星モデル」よりも「ハロー浮遊星モデル」を支持していますが、
「ハロー浮遊星モデル」でも完全に観測データを説明できている訳ではなく、更なる観測が必要となります。
ロケット実験CIBERによる観測
そこで我々はCIBER(Cosmic Infrared Background ExpeRiment)というロケット観測実験を行い、
宇宙赤外線背景放射を精密に測定し、個別に検出できない暗い天体からの光の総量を観測する事を通して、
宇宙における星形成・銀河形成の歴史を観測的に探ります。
宇宙赤外線背景放射を観測のためには、そのために最適化された物なら、実は数10cm程度の小型の望遠鏡で十分なのです。
そこでCIBERでは、宇宙赤外線背景放射の観測のために最適化された小型の専用望遠鏡をNASAの観測ロケットに
搭載して観測するという手法を選びました。
NASAの観測ロケットは、打ち上げ後、搭載した望遠鏡はパラシュートでの降下によって回収され、
次回の実験へと再利用することができます。また、ロケットによる観測実験は大気圏外からの観測を行える上に、
人工衛星のように準備に時間をかけることなく、さらに低コストでの観測が行えるという大きな強みを持っています。
CIBERは日本、アメリカ、韓国の国際共同実験として打ち出され、2009年2月25日に初めてのロケット打上げが成功し、
その後2010年7月、2012年3月、2013年6月と計4度の打ち上げに成功しました。
CIBERの望遠鏡にはCIBのスペクトルを観測するための分光観測装置とゆらぎを観測するための撮像観測装置の
2種類が主として搭載されており、双方で科学的な成果を得ることができました。
図4: CIBERロケット実験チーム(米国ホワイトサンズ実験場にて。背景にあるのがロケット)
図5: CIBERロケット実験の第1回打ち上げの瞬間(2009年2月25日)
図6: CIBER搭載の観測装置(撮像装置Imager×2、低分散分光器LRS、高分散分光器NBS)
図7: CIBERの観測装置の回収の様子
分光観測装置による成果
- 前景放射の大部分を占める黄道光のスペクトルから新たな知見を得た
- 黄道光の偏光成分のスペクトルを観測
- 銀河系内のダストによって拡散された光のスペクトルを観測
- CIBのスペクトルは黄道光のスペクトルとは大きく異なることがわかり、黄道光の差し引き残りである可能性を棄却
撮像観測装置による成果
- これまで考えられていたCIB初代星起源説を一新、ダークハローの浮遊星起源説を支持
→ この成果は科学誌SCIENCEへと掲載されました。
CIBERは4回の観測をもって終了し、見事にNASAからGroup Achievement Awardを受賞し、有終の美を飾ることができました。
さらに、私たちはCIBER-2というロケット観測実験を2016年打ち上げ目標として推進中です。
CIBER-2ではCIBERではなし得なかった可視光から近赤外線にかけた多波長でのゆらぎの観測を
CIBERよりも遥かによい精度で行うことを重点的に計画しています。
CIBER-2による観測成果も以後ご期待ください!
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