「あかり」の観測成果

「あかり」が描き出す赤色巨星の塵の衣

赤外線天文衛星「あかり」が、赤色巨星を取り巻く塵(ダスト)の衣を、これまでにない精度で観測した結果が、欧米の天体物理学の専門誌に相次いで発表されました。この塵の衣は、太陽のような星の終末の姿である赤色巨星が、自らの物質を放出して作ったもので、その中には、星の内部で作られた炭素などの元素が含まれています。「あかり」は、地上からは観測できない遠赤外線や、世界で初めての中間赤外線による観測を可能にし、星からの塵やガスの放出が、いつどのように行われたかを克明に描き出しました。今回の一連の研究は、我々の体や身の回りのものに含まれる炭素などが、どのような仕組みで供給されてきたのかを知るための、重要な手がかりとなっています。


国立天文台、東京大学などの研究者らからなる研究グループ[1]は、JAXA宇宙科学研究所が2006年2月に打ち上げた日本初の赤外線天文観測衛星「あかり」に搭載された最先端の赤外線観測装置を用いて、「うみへび座U星」ならびに「ポンプ座U星」と呼ばれる、年齢数十億歳の年老いた星(赤色巨星)の観測を行い、これらの星を取り巻く塵の衣(ダストシェル)の構造を、世界で最も詳細に解明しました。

太陽のような星は老化が進んだ最末期、自らを作っている物質をガスや塵として星間空間に放出するようになり、やがては多様な形態で天文ファンに親しまれている惑星状星雲を生み出すことになります。この物質放出の過程は「質量放出」と呼ばれ、星の終末期の進化や次の世代の星生成に重要な過程ですが、未だ謎の多い現象です。特に最近の研究では、質量は一定の割合で放出される訳ではなく、間歇的に放出が起こっていることがわかってきました。間欠的な放出は赤外線で衣の「層」として見ることができます。今回の「あかり」の観測は、この層構造を鮮明にとらえ、謎に包まれていた星の終末期の現象を明らかにしたものです。

うみへび座U星の遠赤外線観測[2]では、この星を取りまくダストシェルは、美しいと言えるほどにまん丸く、かつ、その広がりに比べて非常に薄いことがわかりました。それはすなわち塵やガスの放出が、等方的に、かつ、短期間に集中して行われたことを示しています。すなわち、たかだか千年ほどの間に地球30個分ほどの塵と、その100倍ほどのガスが一気に放出されたのです。このような短期間の激しい放出は、老齢期の星の内部で数万年の間隔で周期的に起こる、熱核融合反応の暴走(熱パルス、または、ヘリウム殻フラッシュと呼ばれています)に起因している可能性の高いことが明らかになりました。一方、ダストシェルが中心星に対して偏っていることから、放出された物質が周囲の星間物質に吹き流されていることもわかりました。この結果は、4月に発行されるヨーロッパの専門誌アストロノミー & アストロフィジックスに掲載されます。

Fig.1

図 1: 「あかり」搭載の遠赤外線サーベイヤー (FIS) による、うみへび座U星のまわりに広がる絶対温度45度(マイナス228℃)前後の冷たい塵の衣(ダストシェル)の様子を捕らえた波長90マイクロメートルの遠赤外線での画像です。ダストシェルは、FISが見ることのできる波長 65、90、140、160マイクロメートルの4種類の遠赤外線すべてで観測されました。この星のダストシェルは同種の天体の中では、最も明るく、かつ、広がっていて、詳しい構造を調べることのできる貴重な事例となっています。今回、詳細な数値モデル解析により、このダストシェルはとても薄い球殻状であることが分かりました。そのようなダストシェルは、間歇的な質量放出によって作り出されたものと考えられます。

ポンプ座U星では、赤色巨星を取り囲むダストシェルの観測としては、世界で初めて中間赤外線で画像を取得することに成功しました。そこには、うみへび座U星と同様に、まん丸のダスト雲の姿が映し出されていました。この星のダストシェルもまた、熱パルスに由来したものと推測されていますが、中間赤外線観測の高い空間分解能のおかげで、この星のダストシェルの構造を今までにない詳しさで調べることに成功しました。中間赤外線と遠赤外線の情報を合わせて解析することで、ダストシェルの温度分布を信頼度高く決定することにも成功しました。それらの結果、この星のダストシェルが、実は大きく異なる温度を持つ二層の構造を持ち、さらに二つの層で塵の固体微粒子の大きさに違いがあることが明らかにされました。また、正確なダスト温度の導出により、ダストシェルの質量もこれまでにない高い信頼度で求まり、内層は月5個分、外層は地球5個分ほどの質量があることが分かりました。このような二層構造の成因はまだ明らかではありませんが、赤色巨星からの質量放出現象の理解に役立つものと期待されます。今後、中間赤外線による詳細な撮像観測が可能になると、さらに多くの赤色巨星で、質量放出の履歴が詳細に明らかになっていくことでしょう。本研究成果は、3月10日発行の米国のアストロフィジカル・ジャーナル・レターズに掲載されました。

Fig.2

図 2: 「あかり」の近・中間赤外線カメラ (IRC) により波長15 および24マイクロメートルで描き出された、ポンプ座U星のまわりに広がる暖かい塵の衣(ダストシェル)の様子を捕らえた画像です(15, 24マイクロメートルのデータを青と赤に割り当てた疑似カラー合成画像。中心星は差し引いてあります。また、中心星に近い部分は見やすさのためマスクしてあります)。中間赤外線でこのような広がった塵の雲が年老いた赤い星のまわりに捕らえられたのは、これが世界で初めてのことです。この画像が得られたのは、「あかり」の観測装置が高性能であることに加え、慎重な観測計画と精密な画像解析により非常に明るい中心星の影響を抑えることに成功したためであり、その結果として淡いダストシェルの詳細な構造が明らかになりました。

研究グループでは、赤色巨星のダストシェルを、赤外線を用いて系統的に探査し、老齢期の星の質量放出を詳しく調べるプロジェクトを遂行しています。今後さらに多くの星の解析をすすめ、年老いた星の活動と、その宇宙の進化に対する役割についてより詳しく探ろうとしています。


  1. 自然科学研究機構 国立天文台(岡山天体物理観測所)、東京大学大学院理学系研究科(天文学専攻、天文学教育研究センター、木曽観測所)、宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所、米国・デンバー大学、東北大学大学院理学研究科、英国・ロンドン大学、群馬県立ぐんま天文台に所属する総計13名からなる研究グループ。
  2. うみへび座U星の遠赤外線画像は、2006年8月の初期成果報告でも紹介していますが、その後行われたより詳細な観測とデータ解析により、天文学的に重要な成果が得られたために、改めて今回の報告を行うことになりました。

Materials

↑top