「あかり」の観測成果

「あかり」による大マゼラン雲の赤外線天体カタログ、世界へ向けて公開

JAXA宇宙科学研究所は、赤外線天文衛星「あかり」の観測から作成した、大マゼラン雲の赤外線天体のカタログを全世界に向けて公開しました。今回公開されたものは、5種類の赤外線波長で観測した、総計660286個の赤外線天体を含む点光源カタログと、そのうちの1757天体について、より詳しく分光観測を行ったスペクトルカタログの2種類です。点光源カタログは大マゼラン雲のカタログとして最大規模であり、またスペクトルカタログは世界で初めてのデータです。我々の銀河系から16万光年の距離にあるお隣の銀河、大マゼラン雲は、生まれたばかりの星や、進化した星の研究が盛んに行われており、「あかり」の新しい2つのカタログは、大マゼラン雲中の天体を正確に分類し、これらの研究を大きく推進させることが期待されています。関連する2本の学術論文が、アメリカの専門誌 『アストロノミカルジャーナル』2012年12月号および2013年2月号に掲載されます。


2006年2月に打ち上げられた日本初の赤外線天文衛星「あかり」は、翌2007年8月までに全天をくまなく観測する「全天サーベイ」を行いました。これと平行して「あかり」はいくつかの領域を集中的に観測する「指向観測サーベイ」も行いました。その一つ、大マゼラン雲の近・中間赤外線サーベイについては、これまでにもサーベイ初期成果(「銀河の生い立ちに迫る-大マゼラン星雲の赤外線画像-」、2006年11月1日)、超新星残骸の研究(「『あかり』が探る大マゼラン星雲の超新星残骸」2008年11月19日)などの成果を報告してきました。今回、この大マゼラン雲サーベイプロジェクトの集大成とも言うべき、大マゼラン雲の赤外線天体カタログとスペクトルカタログを世界中の研究者に公開しました。

このカタログは、東京大学の加藤大輔研究員(当時)、下西隆氏(当時大学院生、現在は神戸大学研究員)、尾中敬教授、および東北大学の板由房助教らの研究グループが中心となって作成したものです。「あかり」近・中間赤外線カメラを用いて、5つの赤外線波長(3, 7, 11, 15, 24マイクロメートル)で撮影した大マゼラン雲の約10平方度(満月およそ50個分)にも及ぶ画像データから、80万以上もの赤外線天体を検出し、それらのなかから信頼性の高いもの660286個の位置や明るさを測定してカタログにまとめました。そのうち1757天体については、波長2~5マイクロメートルの詳細な赤外線スペクトルも得られており、このデータも公開されます。

このカタログは、地上からの観測が困難な赤外線波長のデータを大マゼラン雲中の多くの天体についてもたらし、生まれたての星や、進化した星の研究に重要なデータとなることが期待されます。点光源カタログはアメリカのスピッツァー宇宙望遠鏡によるカタログと匹敵する規模の天体を含み、特に波長11, 15マイクロメートルのデータは、「あかり」が提供する世界初めてのデータで、特に進化した星からの物質の供給の研究に重要な情報となっています。またスペクトルカタログは、この波長帯では世界初のデータで、天体中の分子ガスや、氷などの固体微粒子に関する情報をもたらし、大マゼラン雲中の天体の正確な分類を飛躍的に向上させることができます。

すでにこのカタログを元にした詳細な研究により、生まれたての星の周りに存在する氷の性質が我々の銀河系とは異なることが明らかになってきました。氷は惑星の原材料の一部であり、惑星が生成する上で重要な役割を果たしていると考えられています。「あかり」カタログは、我々の銀河系以外の銀河での惑星系形成の研究を、大きく進展させるでしょう。また、生まれたての星を無数にある通常の星の中から選び出すことは一般的に大変難しいことですが、「あかり」の3マイクロメートルのデータとスペクトルデータによって、正確な分類が可能となるため、星形成の研究にも強力な道具となります。一方、宇宙空間に物質を放出している進化した星についても、このカタログを用いることで放出量や進化段階を詳細に議論することができます。もちろん、これ以外にも様々な大マゼラン雲の研究に有効に活用されることでしょう。

大マゼラン雲は我々の銀河系の伴銀河で、銀河系の端に位置する太陽系から16万光年(銀河系の直径は約10万光年)という近い距離にある若い銀河です。銀河をほぼ真上から俯瞰することができるため、一つの銀河の中で星の誕生や進化がどこでどのように起きているか、またそれらの活動がどう関連し、物質が循環しているかを研究するには恰好の天体で、盛んに研究が行われています。南天にあるため残念ながら日本からは見えませんが、1987年に大マゼラン雲に出現した超新星からのニュートリノを検出したことが、小柴昌俊東大名誉教授のノーベル賞受賞に繋がったことで、日本人にもなじみが深いかもしれません。

ビッグバンで生まれた宇宙には、初め水素とヘリウム(とごく微量のリチウム)しかありませんでした。今日のように、炭素や酸素、金属などの重元素が存在し、それによって作られた地球や我々人間が存在する宇宙になるまでに、どのような過程を経てきたのか?すなわち宇宙空間の中で、物質がどのように進化してきたかを知る事は、天文学の重要な研究テーマです。大マゼラン雲は、この宇宙の物質進化を研究する上で、またとない恰好の研究対象なのです。

Fig.1

図 1: 「あかり」が観測した領域を、可視光での大マゼラン雲の天体写真(撮影: 神谷元則氏)に重ねて示す。

Fig.2

図 2: 「あかり」近・中間赤外線カメラによる大マゼラン雲サーベイ領域全体の画像。3, 7, 15 マイクロメートルで得られたデータをそれぞれ青、緑、赤に割り当てて疑似カラー画像を合成している。左下の明るい部分が現在活発に星形成活動を行っている領域。画面全体に分布している個々の星は、細かすぎてこの画像では目立たない。

Fig.3

図 3: 図1の右上にある星形成領域 N48 の拡大図。この領域内でスペクトルを取得した星のうち典型的なものを3つ示す。生まれたての若い星では、低温のガスとちりの雲に含まれる水(H2O)や二酸化炭素(CO2)の氷のスペクトルが観測される。年老いた星では表面のガスに、水(H2O)や一酸化炭素(CO)、あるいはアセチレン(C2H2)やシアン化水素(HCN)の分子が含まれることが分かる。

本研究は、JAXA宇宙科学研究所と東京大学を中心とし、東北大学、国立天文台、神戸大学、名古屋大学、ソウル大学などの協力により行われました。この研究成果は科学研究費補助金のサポートを受けています。また成果は以下の論文に掲載されています。


雑誌名 The Astronomical Journal, 144, 179 (2012年12月号)
論文タイトル AKARI Infrared Camera Survey of the Large Magellanic Cloud. I. Point-source Catalog
著者 加藤大輔他

雑誌名 The Astronomical Journal, 145, 32 (2013年2月号)
論文タイトル AKARI Infrared Camera Survey of the Large Magellanic Cloud. II. The Near-Infrared Spectroscopic Catalog
著者 下西隆他

Catalogue data files

http://www.ir.isas.jaxa.jp/AKARI/Archive/Catalogues/LMCPSC_V1/

http://www.ir.isas.jaxa.jp/AKARI/Archive/Catalogues/LMCSPC_V1/

Materials

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