「あかり」の観測成果

何もない空(そら)を光らせるもの:「あかり」が空の赤外線成分の分離に成功

星や銀河の間の「何もない空(そら)」は、一見漆黒の闇のように見えますが、実はかすかに光っています。JAXA宇宙科学研究所の津村耕司(つむらこうじ)研究員を中心とする研究チームは、赤外線天文衛星「あかり」に搭載された近・中間赤外線カメラ(IRC)によって得られた膨大な観測データのアーカイブの中から、星や銀河を含まない分光観測データを抽出して解析し、このような「何もない空」からの赤外線を、「太陽系内のダスト(固体微粒子)からの赤外線」、「銀河系内のダストからの赤外線」、「遠方の宇宙からの赤外線」の3種類の成分に分離することに初めて成功しました。これは、近赤外線の分光観測において広がった放射の強度を正確に求めることができる「あかり」ならではの成果です。さらに研究チームは、分離した各成分の赤外線スペクトルを詳しく解析し、太陽系・銀河系・遠方宇宙それぞれの赤外線放射について、次のような新たな科学成果を得ました:(1)惑星間空間には1マイクロメートル以下の小さなダストが普遍的に存在することを高い精度で確認。(2)銀河系内のダストからの赤外線を初めて分離し、その中に含まれる有機物の分子が広く分布していることを確認。(3)遠方の宇宙から由来が分からない赤外線が届いていることを高い精度で確認。これらの研究成果は、2013年12月25日発行の日本天文学会欧文研究報告誌(PASJ)に、3編の論文として発表されました。


宇宙で光を放っているのは、星や銀河など形のはっきりとした天体だけではありません。一見何も天体がないように見える空も、うっすらと光っているのです。しかし、特定の天体を観測する場合と違って、何もない空では地球のそばから遙か遠方の宇宙まで、さまざまな場所からの光が混じり合ってしまいます。その性質を詳しく研究するためには、まずは成分を分離して、どこから放たれた光なのかをはっきりさせなければいけません。これを切り分けるためには、太陽系の黄道面(惑星の通る面)付近に多いもの、銀河面付近に多いもの、ほぼ一様に分布しているものなどといった大ざっぱな空間分布に加えて、分光観測で得たスペクトルの情報を利用するのが有効です。

赤外線天文衛星「あかり」に搭載された近・中間赤外線カメラ(IRC)には、撮像機能に加えて波長2~5マイクロメートルの近赤外線スペクトルを取得する高感度の分光機能があります。しかもこの装置は、広がった放射の明るさを正確に求めることができるという他の衛星にはない特長を備えています。JAXA宇宙科学研究所宇宙物理学研究系の津村耕司研究員を中心とする研究チームは、この点に着目して、「あかり」のデータアーカイブから、空のさまざまな方向をIRCで分光観測したデータのうち、特に品質が高いものを278カ所分集めて解析しました。これらのデータは、元々さまざまに異なる目的で観測されたものですが、同時に得られた空のスペクトル情報を活用したのです。天体のいない空からの赤外線には、「太陽系内のダストからの赤外線」、「銀河系内のダストやガスからの赤外線」、「遠方の宇宙からの赤外線」の3つの成分が含まれています。

空の方向によって、3つの成分の割合は変化していきます。例えば太陽系内のダストに由来する赤外線は惑星の軌道面近く(黄道面)でより強くなるようなパターンを示すことが知られています。銀河系内からの赤外線は、銀河系の構造を反映して銀河面付近で最も強くなっており、これは遠赤外線での放射強度から推測できます。一方、遠方の宇宙からの赤外線は、どの方向からもほぼ同じ強度で来るはずです。研究チームは、この分布の違いと、さらにそれぞれの出す赤外線スペクトルの特徴の違いを利用して、3種類の成分の足し合わせがどの方向のデータでも観測データに合うように、それぞれの成分の割合を決めたのです。近赤外線の波長帯で、太陽系内・銀河系内・遠方宇宙のスペクトルを分離して同時に求めることができたのは、世界で初めてです。

分離したそれぞれの赤外線成分について、研究チームは詳しく調べました。3つの成分のうちで最も明るいのは、太陽系内にある小さなダスト(惑星間ダスト)からのものです。今回観測した波長では、惑星間ダストによって散乱された太陽光と、太陽光であたためられた惑星間ダスト自身が放つ赤外線が含まれています。「あかり」データから惑星間ダストの温度を推定すると、これまでの観測から得られた温度(約240-260K;約-30~-10℃に相当)よりも高温(約300K;約30℃に相当)のダストが存在することが確認されました[1]。太陽光によって惑星間ダストがこのような温度まで暖められるためには、ダストは赤外線の波長よりも小さく(1マイクロメートル以下)なければなりません。このような小さな惑星間塵の存在は、「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワの微粒子上に見つかった微小なクレーターなど[2]によって知られていましたが、その分布は謎のままでした。本研究によってそれが太陽系内に広く存在することが明らかになりました。

銀河系内のダストからの赤外線放射は、その成分の一つである有機物からの3.3マイクロメートルのスペクトル(図中の場所2)が特徴的です。しかし、銀河面付近を除いては、太陽系からの赤外線に比べて格段に暗いため、今までは銀河系成分のみを分離して抽出することには成功していませんでした。今回の「あかり」を用いた研究は、銀河系からの赤外線を分離することに成功した、世界で初めての例です。その銀河系成分の解析から、特徴的なスペクトルを担う有機物が、銀河系内に広く一般的に存在することが確認されました。

観測された赤外線の量から、上述の太陽系成分や銀河系成分という、手前の成分を差し引いて残ったのは、より遠方の宇宙からの赤外線ということになります。本研究の集大成として最終的に得られた「遠方宇宙からの赤外線」は、現在知られている銀河からの赤外線を全て足し合わせても説明できない程の明るさを持っていました。同様の結果は、「あかり」による別の研究等によっても知られていましたが[3]、今回はその遠方宇宙の「未知の」赤外線の信頼度の高いスペクトル情報を得たことになります。この「遠方宇宙の赤外線」の正体は未だ不明ですが、宇宙が誕生して約1億年後頃の大規模な星形成などがその候補として考えられており、宇宙の進化を探る上で重要な観測結果を得たことになります。

本研究で得られた、広い天域にわたる赤外線スペクトルのデータは、世界の研究者達に公開されています。このような広い天域にわたる「何もない空」のスペクトルデータは過去に例がなく、今回のものが世界初です。「あかり」によるデータは、太陽系から銀河系、遠方宇宙に至る様々な情報が含まれており、地球の直ぐそば(太陽系)から宇宙誕生直後の遠方宇宙まで、様々な分野の天文学研究に幅広く利用される可能性を秘めています。

Fig.1

図 1: (中央)「あかり」全天画像(波長9マイクロメートル)上に、今回の解析に用いた278カ所の観測地点を示す(*印)。全天画像は、ほぼ観測したままの空の明るさを反映している。(左上)図の中央に左右に広がるのが銀河面(天の川)。それに対して大きくカーブして見える光の帯が太陽系内のダストによる赤外線(黄道光)である。(右上、左下、右下)数字で示した地点の「あかり」近赤外線スペクトル。場所により、太陽系内のダストからの赤外線が主成分となっているところ、銀河系内の赤外線が主に見えているところ、両者の混じり合っているところなどがある。「遠方宇宙からの赤外線」は、これらに比べてずっと弱い。スペクトルの形と、場所によるそれぞれの成分の混ざり具合を鍵に、各場所のスペクトルを、3つの成分に分離する。
※ 「あかり」9マイクロメートル全天画像は、名古屋大学が中心となって作成を進めており、2016年春までに公開の予定である。今回使用したのは、黄道光を含むデータ処理の中間過程の画像である。


  1. このような惑星間ダストの高温成分は、日本初の宇宙赤外線望遠鏡IRTSによってもその存在が観測されていました。今回はより精度の高い観測でそれを確認したことになります。
  2. http://www.okayama-u.ac.jp/tp/news/news_id1483.html
  3. http://www.ir.isas.jaxa.jp/AKARI/results/20111021_FirstStar/index-j.html

Catalogue data files

http://www.ir.isas.jaxa.jp/AKARI/Archive/Catalogues/IRC_diffuse_spec/

Materials

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