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赤外線ってなんだろう ?

 皆さんは,赤外線とは何かご存知でしょうか?最近では,携帯電話の赤外線通信や赤外線と表示された調理器具, 暖房器具が一般に普及しているため,赤外線という言葉を一度くらいは耳にしたことのある人も多いでしょう.

 実は,赤外線とは私たちの目に見える可視光線と同じ電磁波の一種です.図 1 には,電磁波の種類と波長の関係を示してあります.波長が約 400 nm注1から 800 nm の電磁波が可視光線で,波長の長い方の電磁波が赤い光に,短い方が青い光に対応します.しかし,この図からわかるように,可視光線は電磁波の中のごく一部にすぎません.可視光線よりも波長の短い電磁波には,日焼けの原因になる紫外線,レントゲン写真に用いる X 線などがあります.一方,可視光線よりも少し波長が長い電磁波が赤外線になります.赤い色の可視光線よりももっと赤い側で目に見えない電磁波だから,赤外線というわけです.赤外線天文学では,主に波長が 800 nm から 300 μm注1 の帯域を対象とします.なお,赤外線よりも波長が長くなると,テレビやラジオの放送などに使われている電波になります.


図 1. 電磁波の種類と波長の関係を示した図.

 赤外線はどのようなものから放出されるのでしょうか?図 2 の写真を見てください.人の右手と左手を可視光線(左)と赤外線(右)で撮影した写真です.可視光線の写真には,右手も左手も同じように写っています.しかし,赤外線の写真では,右手だけから強い赤外線が放射されています.では,なぜこのような違いが生じたのでしょうか?実は,あらゆる物体はその温度に応じた波長の電磁波を放出しています注2.より温かい物体から放出される電磁波の波長は短く,物体がより冷たくなるほど波長が長くなります.また,同じ波長で測定すると,温度の高いものほど強い電磁波を放出します.実は,図 2 の赤外線写真を撮影するときに,右手はお風呂と同じくらいの温度のお湯で温め,左手は冷たい水で冷やしておきました.右手の方が温かいために,より強い赤外線を放出しているのです.このように,赤外線を使うとその物体の温度を測定できます.この原理を応用した温度計はサーモグラフィと呼ばれ,医療などに活用されています.


図 2. 温めた右手と冷やした左手を可視光線(左)と赤外線(右)で撮影した写真.
赤外線写真では,赤外線が強い部分が白く,弱い部分が黒くなっている注3

 赤外線と可視光線の違いは,他にもあります.図 3 には,温めた手の前にシリコンでできた板を置いて撮影した,可視光線と赤外線の写真が示してあります.ここでシリコンとは,コンピュータをはじめとする電子回路に用いられる半導体の材料になる物質です.左の可視光線の写真では,シリコンの板で可視光線がさえぎられるために,手は写っていません.一方,右の赤外線写真では,シリコンの板が透けてしまうために手がしっかりと写っています.このように,可視光線を遮断してしまう物質でも,赤外線であれば透過できることがあります.この特徴を利用すると,目には見えない隠れた天体の姿を,赤外線観測で明らかにすることができます.


図 3. シリコンの板を赤外線が透過する様子を示した写真.

注 1: 1 nm とは1 m の 10 億分の1,1 μm とは1 m の 100 万分の 1 の長さのことです.

注 2: 物体の絶対温度 T [K]とそこから放出される電磁波の波長 λ[μm] の間には,だいたいλ=3000/T の関係があります.なお,絶対温度 T [K] は摂氏温度t [℃] との間に t = T - 273 の関係があります.

注 3: 可視光線の写真に写っているのは手から放出された可視光線ではなく,太陽や照明器具などから放出された可視光線が手で反射・散乱されたものです.


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なぜ地球の外から観測するの?

 1983 年に NASA を中心に開発された赤外線天文衛星 IRAS が打ち上げられて以来,さまざまな赤外線天文衛星が打ち上げられ,地球の外にでて宇宙の赤外線観測を行ってきました.2006 年から 2010 年まで観測を行った日本の「あかり」衛星もその一つです.もちろん,2027 - 2028年頃には SPICA が赤外線天文衛星の代表選手になっています.

 ではなぜ,赤外線観測のためには,地球の外へ出る必要があるのでしょうか.その理由は,地球の大気にあります.図 4 は,私たちの地球の大気が電磁波に対してどれだけ不透明かを表した図です.可視光線や電波に対しては非常に透明であることが分かります.したがって,宇宙からの可視光線や電波の観測は,地表から行うことができます.私たちが夜空の星を眺めることができるのもこのためです.一方,赤外線に対して地球の大気が透明ではないこともわかります.つまり,宇宙からやってくる微弱な赤外線は地表には届きにくいのです.

 また,地球の大気が温かいことも問題になります.すでに,すべての物体は温度に対応した波長の電磁波を放射することを紹介しました.例えば,東京の一年の平均気温は約 16 ℃ ですが、この温度の大気は約 10 μm の赤外線を強く放出します.このために地表で観測すると,宇宙からやってくる弱い赤外線は大気自身が放出する強い赤外線に埋もれて,見えなくなってしまうのです.

 このように,私たちが生きていくためになくてはならない大気も,実は宇宙からやってくる赤外線の観測にはとんだ邪魔者になってしまうのです.


図 4. 地球の大気の不透明さを電磁波の波長に対して図示したもの
( NASA/IPAC から取得したデータを参考にした).SPICA の観測する電磁波の帯域を矢印で示してある.

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赤外線では,どんな天体が見えるの?

ここでは,赤外線で宇宙を観測するとどのようなことがわかるのか,簡単に紹介します.

1. 宇宙の「ちり」 : 星の材料を調べよう

 図 5 に示したのは,冬の星座の代表格であるオリオン座の方向を撮影した写真です.左の可視光線の写真には,主にたくさんの星と,星の集まりである銀河が写っています.一方,右の赤外線画像には,星と星との間を何かがもやもやと埋め尽くしています.実は,このもやもやと広がるものの正体は,温度が約 -250 ℃ から数 10 ℃ (絶対温度で数 10 K から数 100 K ) の固体の微粒子たちです.天文学ではこれを「ちり」あるいは「ダスト」と呼びます.

 赤外線画像の中でも,オリオン座の内側にひときわ明るく輝く領域があります.この領域は,オリオン大星雲と呼ばれています.ここでは,今も大量の星が生まれ続けており,星からでる光によって温められた「ちり」が強い赤外線を放出しています.このように,赤外線観測によって「ちり」の中から星が誕生する現場を探ることができます.


図 5. 可視光線(左)と赤外線(右)で撮影したオリオン座の方向の写真.
可視光の写真は国立天文台提供( URL ).
赤外線写真は「あかり」衛星が 140 μm で撮影したもの.

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2. 遠くの宇宙 : 銀河の誕生の謎を探ろう

 皆さん,救急車のサイレンの音を思い出してみてください.近づいてくるときには高い音だったサイレンが,救急車が通り過ぎた途端に低い音になってしまいますね.実は,この現象は音が波であるために起こる現象で,ドップラー効果と呼ばれています.図 6 にその原理を簡単に示しました.音を出す物が近づくときに音が高くなるのは,音の波長が短くなってしまうからです.逆に,遠ざかるときには音の波長が長くなっているのです.このドップラー効果は,音を出す物の速さが音の速さ注4に近づくほど大きくなります.

 実は,可視光線や赤外線のような電磁波も波の一種です.したがって,このドップラー効果が起こります.ここで,可視光線の場合に波長は色に対応します.つまり,近づく物はより青く,遠ざかる物はより赤く見えることになります.しかし,日常生活では,物の速さが電磁波の速さ注5に比べてとても小さいので,動いているも物の色の変化を私たちの目が感じることはありません.


図 6.ドップラー効果の原理.(左) 音の場合.音源が近づくと音が高くなり,音源が遠ざかると音が低くなる.
(右) 電磁波(可視光線)の場合.光源が近づくとより青くなり,光源が遠ざかるとより赤くなる.

 しかし,宇宙では少し事情が違います.最近の研究で,この宇宙は誕生からずっと膨張し続けており,そのために遠くの天体は地球から遠ざかっていることがわかってきました.しかも,より遠くにある天体ほど速く遠ざかることも分かっています.そのために,遠くの天体ではドップラー効果が無視出来なくなり,遠くにある銀河の色は本当の色よりも赤く見えます.これを天文学では,赤方偏移と呼びます.この赤方偏移のために,数 10 億光年注6より遠くにある銀河は,地球から観測すると赤外線で輝いているように見えるようになります.

 図 7 に示したのは,「あかり」による非常に長時間の観測で撮影した北黄極領域の赤外線画像です.この画像の中には,数 10 億光年から 100 億光年程度の遠方にある銀河が,なんと 1 万個以上も写っています.このような遠くの銀河を観測することで,銀河がどうやって誕生したのかを明らかにすることが,赤外線天文学の重要な使命のひとつになっています.


図 7.「あかり」による北黄極領域の赤外線画像( ISAS 和田氏提供).
約 3 万個の赤外線天体が写っており,そのうち約 1 万個が遠方の銀河である.

注 4: 常温の大気の音速は,毎秒約 350 m です.

注 5: 電磁波の速さは,秒速約 30 万 km です。1 秒で地球 7 週半分の距離を進みます.

注 6: 1 光年とは、電磁波が 1 年に進む距離のことです。約 9 兆 4600 億 km になります。


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